「部分矯正は難しいです」。相談の場でそう言われたとき、理由の説明は受けたはずなのに、帰り道で思い返すと何が決め手だったのか思い出せない。そんな引っかかりが残っていないでしょうか。
同じ「難しい」でも、意味はいくつかに分かれます。先に別の治療を済ませれば可能性が戻るもの、対象の本数を増やせば動かせるもの、そして前歯を並べても目的に届かないもの。どれに当たるかで、次にやることがまったく違います。 相談で言われた言葉から自分がどれかを見当づける方法まで、順に見ていきます。
部分矯正で使える手段は限られている
はじめに前提をひとつ共有します。「できない例」が生まれるのは、部分矯正という治療の作りに理由があるためです。
部分矯正は前歯を中心とした一部の歯だけを動かす治療で、奥歯には手をつけないのが基本です。そのため歯を並べる場所を作る手段が限られます。抜歯や奥歯を後ろへ動かす処置は、一般的には使いません。
代わりに使われるのは主に3つです。歯と歯が接している面のエナメル質を、その厚みの範囲内でごくわずかに削る方法(IPRと呼ばれます)。前歯をわずかに前へ傾けて並ぶ場所を稼ぐ方法。そして歯列の幅を少し広げる方法です。
いずれも作れる量に限りがあります。エナメル質は削れる厚みが決まっていますし、前へ傾ける方法は口元の出方に影響するため使える量が限られます。またエナメル質を削る処置は元に戻せず、処置後に一時的にしみることがあります。
スペースの作り方そのものについては口ゴボは矯正で治る?対応できる範囲と、抜歯が要るかの決まり方で、抜歯・削る方法・奥歯の移動を並べて整理しています。部分矯正で使わない手段がどんなものかは、そちらを見ると輪郭がつかめます。
同じ「難しい」でも意味が3つある
相談で説明される理由の多くは、次の3つのいずれかにあてはまります。
順番の問題 ── 先に済ませることがある
ひとつめは、歯を動かす前に必要な治療がある場合です。進行した虫歯、歯周病、歯ぐきの炎症などが該当します。歯は骨と歯ぐきに支えられて動くため、その支えが弱った状態で力をかけると歯の安定に影響が出ることがあります。親知らずも、動かす計画に干渉する位置にあれば処置が先になることがあります。
多くの場合、これは「できない」ではなく「まだできない」にあたります。ただし例外があります。歯周病が進んで歯を支える骨が大きく失われている場合は、炎症が落ち着いても矯正の対象にならないことがあります。 骨は治療で炎症を抑えられても、失われた分が戻るわけではないためです。治せばいつでも可能になる、とは言い切れない点は押さえておいてください。
確認しておきたいのは、再判定の基準です。歯周病のように完治という区切りを置きにくい病気もあるため、「治ってから」なのか「一定の状態まで改善したら」なのかで待ち方が変わります。
量の問題 ── 並べる場所か、動かし方か
ふたつめは、歯を並べることそのものに無理がある場合です。ここには性質の違う2つが含まれていて、この区別が後で効いてきます。
ひとつは並べる場所が足りないケースです。重なりが大きい、歯の大きさに対してあごの幅が足りない。先に見た3つの手段で作れる量では収まらない、という状態です。
もうひとつは動かし方が難しいケースです。歯の頭だけでなく根まで一緒に動かす必要がある、丸い形の歯を大きく回す必要がある、といった動きが含まれる場合です。場所はあるのに、計画どおりに動かすのが難しいという意味になります。
どちらも「部分矯正の枠では足りない」という結論は同じですが、打てる手が違います。 前者は対象の本数を増やせば抜歯や奥歯の移動が使えるようになり、後者は装置の選び方が結果を左右することがあります。
目的の問題 ── 並べても目的に届かない
3つめが、もっとも性質の違うものです。上下の奥歯の噛み合わせにずれがある場合や、あごの骨の位置が要因になっている場合が当てはまります。
このとき、前歯を並べること自体は技術的に可能なことがあります。問題は、並べても上下の当たり方は元のままだという点です。噛む力の偏りが残れば、並べた歯が元の位置へ動こうとする力も残ります。つまり「できない」というより「やっても目的に届かない」という話になります。
それでも見た目を優先したい、という判断はありえます。その場合に事前に確認しておきたいのは3点です。並べたあとどのくらいで戻る見込みか。戻りを抑えるための保定装置をどの程度続ける必要があるか。そして将来あらためて全体を動かす治療に移る場合、今回の治療がそのまま活きるのか、やり直しになるのか。 ここまで聞いたうえで選ぶのであれば、それも一つの決め方です。
この3つ以外の理由もある
なお、理由がこの3つに収まらないこともあります。1日20時間以上の装着や通院を続けられるかという生活面、全身の病気や服用中の薬、歯の本数や被せ物の状態、顎関節の痛みや口の開けにくさ、骨と癒着して動かない歯。こうした事情が判断に関わることもあります。3つの分類は説明を整理するための枠組みで、すべてを覆うものではありません。
言われた言葉から見当をつける
3つの分類には名前を付けましたが、これは説明のための呼び方です。カウンセリングでこの言葉が使われるわけではありません。実際に言われた表現から見当をつけるほうが実用的です。
| 相談で言われた言い回し | あてはまりやすい種類 |
|---|---|
| 「先に治しておきたい歯がある」「歯ぐきの状態を整えてから」「親知らずを抜いてから」 | 順番の問題 |
| 「並べる場所がない」「スペースが足りない」「削るだけでは足りない」 | 量の問題(場所が足りない) |
| 「この歯は動かし方が難しい」「根から動かす必要がある」 | 量の問題(動かし方) |
| 「噛み合わせが整わない」「奥歯の位置が」「骨格の問題」 | 目的の問題 |
思い出せない場合は、あらためて聞き直しても構いません。「先に治す必要があるからですか、並べる場所が足りないからですか、噛み合わせが理由ですか」と3択で尋ねると、答えが返ってきやすくなります。
装置を変えれば結果は変わるのか
「マウスピースでは難しいと言われたが、ワイヤーならできるのではないか」。断られたあとに浮かびやすい疑問です。答えは種類によって変わります。
装置で変わる余地があるのは「動かし方」
歯を根まで一緒に動かす、歯の傾きを細かく調整する、丸い形の歯を大きく回す。こうした動きは、ワイヤー装置のほうが計画どおりに進めやすい面があります。装置の力が強いという意味ではなく、力のかけ方を細かく設計しやすいという違いです。
そのため、量の問題のうち動かし方が難しいと言われたケースでは、装置を変えることで進められる場合があります。
並べる場所の不足は装置では変わらない
一方、同じ量の問題でも並べる場所が足りないケースは、装置を替えても結論が変わりません。エナメル質を削って作れる量や、前歯を前へ傾けられる量は、マウスピースでもワイヤーでも同じだからです。作れる場所の量は装置ではなく処置で決まります。
目的の問題も同様です。奥歯の位置関係や骨格のずれは、前歯を動かす装置の種類とは別の場所にあります。順番の問題も、先に治療が要るという判断は装置と無関係です。
装置を替えることが結論を左右しやすいのは、量の問題の一部にかぎられます。ほかの種類でも治療中の歯みがきのしやすさなど装置ごとの違いはあるので、聞いておく価値はあります。ただしそれで可否がひっくり返るとは考えないほうが、次の相談は進みます。
種類別・次に何をするか
順番の問題と言われたとき
先に必要な治療を済ませます。そのうえで、いつ頃あらためて矯正の相談ができそうかを聞いておくと予定を立てやすくなります。歯周病の管理のように継続が前提になるものもあるため、再判定の目安を最初に確認しておいてください。
量の問題と言われたとき
まず、場所が足りないのか動かし方なのかを確かめます。そのうえで、対象を「部分矯正か全体矯正か」の二択で考えないことです。
動かす歯の対象には段階があります。上下の前歯12本、その奥まで含めた24本、そして全歯。どこまで含めるかで、必要なマウスピースの枚数が変わり、期間が変わり、通院の機会も変わります(ここでいう期間は、後戻りを防ぐ保定期間を除いた歯を動かす期間です)。なお通院回数は治療内容・個人の状態により異なります。
札幌市内でも、どこまでを部分矯正と呼ぶかは医院によって幅があります。「全体矯正になります」と言われたら、何本を対象にする計画なのかまで聞くと、想定より小さい刻みで収まることがあります。範囲を広げたときに費用がどこで増えるのかはマウスピース矯正の値段はいくら?幅が生まれる理由と総額の見方が参考になります。
目的の問題と言われたとき
前歯だけを並べた場合に何が残るのかを具体的に聞きます。骨格が要因の場合は、外科的な処置を含む治療(外科矯正)が検討の対象に入ります。外科矯正は、条件を満たす医療機関で行う場合に公的医療保険の対象となることがあります。
前歯だけの矯正が成立する条件はマウスピース矯正は前歯だけできる?適応ケースと費用・期間を解説にあります。できる側と照らすと、自分がどこで外れたのかが見えやすくなります。
※本記事で扱う歯列矯正の費用は自由診療(マウスピース型矯正装置による歯列矯正)であり、公的医療保険の対象外です。当院の費用は Lite 150,000円(税込)/ Basic 330,000円(税込)/ Pro 660,000円(税込)/ コンプリヘンシブ 880,000円(税込)です。安心保証制度とワイヤー補償が付帯するのは Basic・Pro のみです。治療期間の目安は Lite 約2ヶ月/ Basic 約3ヶ月/ Pro 約6ヶ月で、いずれも歯を動かす矯正期間を指し、後戻りを防ぐ保定期間は含みません。通院回数は最低1回で、治療内容・個人の状態により異なります。歯の移動に伴い、歯の痛み・歯根吸収・歯ぐきの退縮・後戻りなどのリスクが生じる場合があります。エナメル質を削る処置を行った場合は、知覚過敏や歯と歯の間にすきまが見えることがあります。重度の歯周病や顎関節症などがある方は治療をお受けいただけない場合があります。
部分矯正ができない例に関するよくある質問
Q. 親知らずがあると部分矯正はできませんか?
親知らずがあること自体が理由になるとは限りません。生えている向きや位置が、動かす計画に干渉するかどうかで判断が変わります。まっすぐ生えていて周囲に影響していなければ、そのままにする場合もあります。
Q. 一度断られたあと、時間が経てば可能になることはありますか?
順番の問題であれば、必要な治療を終えたあとに判断が変わる可能性があります。一方、量の問題や目的の問題が待つだけで解消に向かうことは期待しにくい部分です。歯並びは年齢とともに少しずつ変わりますが、変化の方向や大きさには個人差があり、条件がよくなる方向に働くとは限りません。いつ再相談するかは担当医と決めておくと動きやすくなります。
Q. 自分がどの種類か、確定するには何が要りますか?
レントゲンに加えて、歯型のスキャンや噛み合わせの検査などを組み合わせた診断が必要になります。とくに奥歯の位置関係は、レントゲンだけでは評価しきれません。相談の段階で、どこまでの検査を含む診断なのかを確かめておいてください。
まとめ
「部分矯正は難しい」と言われたとき、その意味は一つではありません。先に別の治療を済ませれば可能性が戻るもの、対象の本数を増やせば動かせるもの、前歯を並べても目的に届かないもの。同じ言葉でも、待つのか、対象を広げるのか、治療の種類を変えるのかで、次の行動が変わります。
装置をマウスピースからワイヤーに替えて結果が変わる余地があるのは、このうち「動かし方が難しい」と言われたケースにかぎられます。次の相談で聞くとよいのは「どうすればできますか」より、「先に治す必要があるからですか、並べる場所が足りないからですか、噛み合わせが理由ですか」のほうです。返ってきた答えで、次にやることが決まります。