下の歯が、上の歯より前に出ている。子どものころから言われてきて、最近になって前歯で麺を噛み切りにくいのが気になり始めた。矯正を調べると、受け口は手術が必要な場合がある、という説明が出てきます。手術と聞くと、それだけで足が止まります。
ここで知っておくと見通しが変わるのは、受け口が一つの状態ではないということです。同じ「下の歯が前」に見えても、そうなっている理由はいくつかに分かれます。そして、どの理由かによって治療の道も変わります。
「下の歯が前」は、同じ見た目に別々の状態が集まっている
受け口という言葉は、噛んだときに下の前歯が上の前歯より前に来る状態を指します。見た目としては一つですが、なぜそうなっているかは一通りではありません。
ひとつは、上あごが後ろに引っ込んでいる状態です。下あごが特別前に出ているわけではなく、上が下がっているために、相対的に下が前に見えます。
もうひとつは、下あごそのものが前に出ている状態です。この場合は下あごの位置が、上あごに対して前方にあります。
さらに、あごの位置そのものは上下とも標準的で、歯の傾きだけで反対になっている状態もあります。上の前歯が内側に倒れ、下の前歯が外側に出ていると、あごが正常でも噛み合わせは反対になります。
そして実際には、これらが混ざっていることもあります。上あごの引っ込みと下あごの前方位が重なっている、といった具合です。矯正学の報告でも、受け口にあたる噛み合わせは、上あごの後退、下あごの前突、あるいはその組み合わせとして現れるとされています。
やっかいなのは、どの由来かが、見た目だけでは見分けられないことです。上あごが引っ込んで下が前に見えるのも、下あごが前に出ているのも、鏡の中では同じ「下の歯が前」に映ります。横顔を見比べても、あごの位置と歯の傾きのどちらがどれだけ効いているかまでは、そこからは出てきません。上下のあごの前後の位置は、頭の骨を横から撮るレントゲンなどで、はじめて数字になります。
つまり「受け口です」という一言は、見えている結果を言っているだけで、その結果がどこから来ているかまでは、まだ決めていません。 治療の道が分かれるのはこの先で、由来が決まってからになります。
由来が違うと、動かす向きが逆になる
なぜ由来を分けることが大事かというと、由来によって歯やあごを動かす向きが変わるからです。
歯の傾きが主な理由なら、上の前歯を前へ起こし、下の前歯を後ろへ倒し直すことで、噛み合わせは合っていきます。これは歯を動かす範囲の話で、矯正で扱える領域にあたります。
あごの位置そのものが理由の場合は、話が変わります。歯を動かしても、土台であるあごの骨は同じ場所にとどまります。歯を並べ替えて見た目を近づけることはできても、上下のあごの前後のずれ自体は残ります。歯で寄せられる範囲には、そこに限りが出ます。
ここで、口元が前に出ている口ゴボと比べると、受け口の特徴が見えてきます。口ゴボは前に出た口元を後ろへ引っ込める、いわば一方向の調整です。受け口は、上あごの側は前へ、下あごの側は後ろへという、向きの逆な調整が同じ口の中で必要になることがあります。どちらの側にどれだけ手を入れるかで、道が分かれます。
口元が前に出ている口ゴボでも、骨の割合が大きいと歯を動かすだけでは届かなくなります。口ゴボは矯正で治る?対応できる範囲と、抜歯が要るかの決まり方が、口ゴボの側から同じ壁を説明しています。症状は違っても、歯で届く範囲とあごの話になる範囲の境目がある点は共通します。
歯を動かして受け口を扱える範囲
受け口のすべてが手術になるわけではありません。歯の傾きが主な理由の場合や、あごのずれが小さい場合は、さきほどの向きの立て直しを歯の移動でおこなえることがあります。
このとき問題になるのは、どこまでの歯を動かすかです。奥歯の噛み合わせが安定していれば前歯まわりで収まることもあり、奥歯の関係にもずれがあれば、そこを含めた範囲になります。どこまでを対象にするかは、噛み合わせの状態しだいで変わります。
歯を動かす矯正で扱える範囲かどうかと、その装置がマウスピースで足りるかどうかは、別の判断です。装置ごとに得意な動きと苦手な動きがあり、受け口には装置の側の事情も関わります。この装置の可否については、マウスピース矯正で受け口を動かせるかをたどった記事があります。ここで見ているのは、その手前にある、どの道に入るかという分かれ目です。
※本記事で触れる歯列矯正は自由診療(マウスピース型矯正装置による歯列矯正)であり、公的医療保険の対象外です。参考として当院の費用と治療期間の目安は Lite 150,000円(税込)・約2ヶ月(上下前歯12本・マウスピース各7枚以内が対象)/ Basic 330,000円(税込)・約3ヶ月(上下前歯12本が対象)/ Pro 660,000円(税込)・約6ヶ月(上下24本が対象)/ 全歯を対象とするプラン 880,000円(税込)です。全歯を対象とするプランの治療期間は、動かす範囲が広いため個々の状態により異なります。期間はいずれも歯を動かす矯正期間の目安であり、後戻りを防ぐ保定期間は含みません。通院回数は最低1回で、治療内容・個人の状態により異なります。安心保証制度とワイヤー補償が付帯するのは Basic・Pro のみです。歯の移動に伴い、歯の痛み・歯根吸収・歯ぐきの退縮・後戻りなどのリスクが生じる場合があります。なお当院が扱うのはマウスピース型矯正装置による治療で、あごの骨の位置が大きく関わる受け口や、外科を伴う治療の適応範囲とは異なります。受け口が歯の移動で対応できる範囲かどうかは、検査を経た診断によります。
あごの位置が理由のとき、道が変わる
あごの骨の位置が大きく関わっている場合、歯を並べ替えるだけでは上下の噛み合わせが揃いきりません。ここが、受け口で手術という言葉が出てくる背景です。
道としては、前歯だけでなく奥歯も含めた広い範囲を動かして噛み合わせを組み直す方法や、あごの骨そのものの位置を手術で変える治療があります。後者は外科矯正と呼ばれ、入院と全身麻酔を伴う点で、歯を動かすだけの治療とは負担の質が変わります。費用の面では、外科手術を伴う顎変形症といった診断が下りたときに限って公的な医療保険が使える枠があり、その扱いは対応する届出をした施設でおこなわれます。制度の中身は改定されることもあるため、該当しそうなときは受診先で最新を確かめるのが確実です。
手術という言葉が出たとき、それがすぐに確定というわけではありません。同じ受け口でも、あごの関与がどのくらいかで話が変わります。また、医院によって扱える治療の範囲は異なります。ある医院で対応が難しいと言われたとき、それは受け口が重いという意味のこともあれば、その医院が扱う治療の範囲の外だという意味のこともあります。どちらなのかは、理由の説明を受ければ見分けられます。
手術か矯正かを分けるのは、見た目の受け口の強さではなく、あごがどれだけ関わっているかです。そこは検査を通してはじめて評価できます。
遺伝と、子どものころとの関係
受け口はあごの形や大きさが関わる噛み合わせで、あごの骨格には遺伝の影響があります。親が受け口だと、子も受け口になりやすい傾向はあります。ただし、遺伝だから治療の対象にならない、ということではありません。骨格が関わる受け口も、道は分かれながら治療の選択肢はあります。
子どものころと大人とでは、前提が違います。成長の途中であれば、あごが伸びていく力を治療に組み込める時期があります。大人はその時期を過ぎているので、いま並んでいる歯と、いまのあごの位置を出発点にして道を選びます。始めどきを逃したと考えるより、現在の状態で届く範囲を知るほうが、次の一歩につながります。
噛み切りにくさのような機能の困りごとは、見た目が気にならなくても治療を考える理由になります。何に困っているかを伝えておくと、治療の目標がはっきりします。
受け口の矯正に関するよくある質問
Q. 見た目より、噛みにくさのほうが気になります。それでも治療の対象になりますか?
なります。受け口では、前歯で食べ物を噛み切りにくい、特定の音が発音しにくいといった機能の面の困りごとが起きることがあります。見た目を変えたいかどうかとは別に、噛み合わせの機能を整えることが治療の目的になります。何に困っているかを具体的に伝えておくと、目標の立て方が変わります。
Q. ある医院で対応できないと言われました。ほかでも同じ結果になりますか?
同じとは限りません。医院によって扱っている治療の範囲は違うため、一つの医院で範囲の外だったものが、別の医院では範囲内ということもあります。ただし、あごの関与が大きくて歯の移動では届かないという理由であれば、どの医院でも同じ判断に近づきやすくなります。それでも、あごの骨を動かすか歯の移動で寄せるかには幅があり、そこは相談で詰めていく部分です。断られた理由がどちらなのかの説明を受けておくと、次に相談するときの見当がつきます。
Q. 手術はしたくありません。矯正だけで受け口を治せますか?
歯の傾きが主な理由の場合や、あごのずれが小さい場合は、歯を動かす矯正で対応できることがあります。あごの位置が大きく関わっている場合は、歯を動かすだけでは上下の関係を合わせきれないため、対応できる範囲に限りが出ます。矯正だけで届くかどうかは、あごがどれだけ関わっているかによるので、検査を経てはっきりします。
Q. 前歯だけが反対になっています。これも受け口ですか?
上下の前歯の一部だけが反対に噛んでいる状態も、反対咬合に含まれます。奥歯の噛み合わせが安定していて前歯の一部だけが反対になっているのか、あご全体の関係が反対なのかで、扱いが変わります。前歯の一部だけの反対は、歯を動かす範囲で対応できることもありますが、その判断も検査によります。
まとめ
受け口が矯正で治るかどうかに、一つの答えはありません。同じ「下の歯が前」という見た目が、由来の違ういくつかの状態から来ていて、どこ由来かで動かす向きも治療の道も変わるからです。
歯の傾きが主な理由なら歯を動かす矯正で扱える範囲があり、あごの位置が大きく関わるなら、動かす範囲を広げる方法や、あごの骨を動かす手術を含む方法へ道が分かれます。どちらになるかは、見た目の強さではなく、あごがどれだけ関わっているかで決まります。
だから、受け口の治療は由来が決まってから道が分かれます。最初に見るのは、受け口の強さより、それがどこから来ているかです。そこがはっきりすれば、返ってくる説明が手術でも矯正でも、何を根拠にした話なのかを受け取れます。