人差し指を鼻先とあご先に当ててみたら、唇がはっきり指に当たった。あるいは、横から撮られた自分の写真を見て、口元だけが前に出ているように見えた。
そこで手元に残るのは「はみ出している」という結果だけです。それが歯の話なのか、あごや鼻の話なのかまでは分かりません。
先に言ってしまうと、あの判定は自分の顔にある3つの点の位置を合計して出てきたものです。そして矯正が動かせるのは、そのうちのひとつだけです。
指を当てて分かるのは、3つの点の位置関係
あの線は、自分の顔の2点で引かれている
Eラインは、鼻の先とあご先を結んだ直線です。唇がその線に対してどこにあるかを見る、という使われ方をします。
ここで見落とされやすいのが、線を引いている2点が自分の顔の一部だという点です。物差しが外から当てられているのではありません。鼻の先がどこにあるか、あご先がどこにあるかで、線そのものの傾きが決まります。
指を当てたときに測っているのは、唇の位置そのものではありません。鼻・あご先・唇の、組み合わせのほうです。
だから同じ唇の位置でも、判定は変わる
鼻がすっと高い人と、そうでない人では、同じ場所に唇があっても線との関係が変わります。あご先がしっかり前にある人と、やや後ろにある人でも同じです。
唇はまったく同じ位置にあるのに、片方は「線の内側」、もう片方は「はみ出している」という結果になる。どちらかの唇が前に出ているからではなく、線の引かれ方が違うからです。
判定は出るが、内訳は出ない
「はみ出している」という結果には、自分では動かせない要素が混ざっています。それがどれだけ含まれているかは、指を当てただけでは分けられません。
この分けられなさが、判定を受け取ったあとに動けなくなる理由でもあります。歯の話なら歯科、鼻や輪郭の話ならまた別のところ。ところが手元にあるのは合計の結果だけなので、どこへ持っていけばいいのかが決まりません。悩みが漠然としたまま残るのは、本人の整理が足りないからではなく、使った物差しが内訳を返さない作りだからです。
しかも合計は、どこかひとつが大きければ全体が振れます。歯はほとんど前に出ていないのに「はみ出す」側に出ることもあれば、逆に歯が前に出ているのに線の傾きに救われて内側に収まることもあります。結果だけを見て自分の歯並びを判断すると、実際とずれた見立てを持つことになりかねません。
その判定は、いまの時点のもの
Eラインに対する唇の位置が年齢とともにどう変わるかを調べた横断研究があります。中国の矯正歯科を受診した12歳から42歳まで、約3,000人を対象にしたものです。そこでは上唇も下唇も、年齢が上がるにつれて線に対して後ろへ移動していくと報告されています。
動き方は一様ではありません。10代のうちが比較的速く、その後はゆるやかになります。上唇は30歳以降ほとんど変わらず、動きが続いたのは下唇のほうだと報告されています。
ただし規模は控えめです。10代と中年層の差は、上下いずれも平均で1mm程度。鏡を見て気づくような変化ではありません。横断的な比較なので原因までは示されておらず、対象も日本人ではありません。
では、1mmでも後ろへ動くなら、待っていれば良くなるのか。規模の面で期待できないうえに、動いているのが唇だけではないという理由もあります。同じ研究では、年齢と唇の位置のあいだに挟まっている要素も示されています。上下のあごの前後関係、前歯の傾きや重なり具合、鼻の突出です。唇だけが単独で下がるのではなく、顔のいくつかの部分が同時に変わる中で起きている。どこへ着地するかは、事前には決められません。
それでも、指を当てて出た結果が持ち歩ける合否ではないことは言えます。あれは今日の一点で成立しただけの判定です。
合計のうち、矯正が動かすのはひとつ
矯正が動かすのは歯そのものと、歯の根を収めている骨です。前歯が後ろへ動けば、その前にある唇も追随して位置が変わります。
一方で、鼻の先とあご先の位置は、大人の矯正では基本的に変わりません。前歯を大きく下げるとあご先の見え方が多少変わることはありますが、線の引かれ方そのものを作り替えるほどではありません。外科的な処置を伴う治療や、あごの成長が残っている時期は前提が変わります。
つまり矯正でできるのは、線を引き直すことではなく、線と唇の距離を縮めることだけです。線の引かれ方に余裕がなければ、唇を限界まで下げても届かないことはあります。同じ治療をしても手応えが違う理由のひとつがこれです。唇そのものの厚みなど、別の条件も関わります。
では唇はどこまで下がるのか。それは前歯を後ろへ動かす余地をどこから確保するかで決まります。前歯を下げる余地はどこから作るのかを先に読んでおくと、この先の話が早くなります。
そして、指では出せなかった内訳のほうは、横から撮るレントゲンで出ます。唇・前歯・あご先・鼻の前後関係が数値で並ぶので、自分の「はみ出している」がどこから来ているのかは、そこで初めて分かれます。歯の傾きが大きいのか、あごの位置関係のほうが効いているのか。ここが分かれると、矯正で届く部分がどれだけあるのかも一緒に見えてきます。口元が前に見える理由が歯にあるとは限らない、という話は下唇が出て見えるときに何を見るかに書いてあります。
だから「Eラインに入りますか」は答えの出にくい聞き方になる
相談の場でこの質問をすると、答えは「やってみないと分かりません」の側に寄りやすくなります。
はぐらかされているわけではありません。この問いが、動かせる部分と動かせない部分をひとまとめにしたまま可否を尋ねているからです。答える側は、自分がコントロールできない要素まで含めて合否を約束することになる。だから言葉が曖昧になります。
答えが返らないのは、相談そのものが無意味だからではありません。こちらの問いが、答えられる形になっていないだけです。形を変えれば、同じ場で返ってきます。
聞ける形に翻訳する
気になっているのが、線のどのあたりかを決める
同じ「Eラインがない」でも、本人が引っかかっている場所は違います。唇が前に出ていると感じているのか、あご先が引っ込んで見えることのほうが気になるのか。鼻の低さが理由だと感じているのか。
ここは原因の特定ではありません。検査をしないと分からないことは分かりません。そうではなく、自分がどこを見て気にしているかを、先にはっきりさせておく作業です。合っているかどうかを判定する必要もありません。
決めるのは場所ではなく、どの物差しで言うかのほうです。これが決まっていると、相談の最初の一言が変わります。「Eラインが気になります」と言えば、話は線の合否から始まります。「口元が前に出ているのが気になります」と言えば、最初から歯の位置に向きます。同じ悩みでも、入口が変わります。
合否ではなく、量で受け取る
そのうえで、口元がどれだけ下がる見込みかを尋ねます。返ってくるのが合否ではなく数量になるのは、答える側の姿勢ではなく問いの形から来ています。
量で受け取っておく利点は、答えやすさだけではありません。合否は他人の評価に預けたままですが、量は自分の手元に残ります。 示された移動量に対して、そこまでやる価値があると思えるのか、思えないのか。この判断は本人にしかできません。
※本記事で触れる歯列矯正は自由診療(マウスピース型矯正装置による歯列矯正)であり、公的医療保険の対象外です。参考として当院の費用と治療期間の目安は Lite 150,000円(税込)・約2ヶ月(上下前歯12本・マウスピース各7枚以内が対象)/ Basic 330,000円(税込)・約3ヶ月(上下前歯12本が対象)/ Pro 660,000円(税込)・約6ヶ月(上下24本が対象)/ 全歯を対象とするプラン 880,000円(税込)です。期間はいずれも歯を動かす矯正期間の目安であり、後戻りを防ぐ保定期間は含みません。通院回数は最低1回で、治療内容・個人の状態により異なります。安心保証制度とワイヤー補償が付帯するのは Basic・Pro のみです。歯の移動に伴い、歯の痛み・歯根吸収・歯ぐきの退縮・後戻りなどのリスクが生じる場合があります。歯の側面を削る処置を行った場合、削った部分は元に戻らず、一時的にしみることがあります。重度の歯周病や顎関節症などがある方は治療をお受けいただけない場合があります。
Eラインに関するよくある質問
Q. 日本人はEラインに入りにくいと聞きました。気にしなくていいということですか?
集団ごとに平均的な位置が違うことは知られています。ただ、それは「気にする必要がない」という話とは別です。基準の側に幅があると分かっていても、自分の口元が気になる状態は変わりません。判断の順序としては、平均と比べるより、自分が何を気にしているかを先に置いたほうが進みます。
Q. 鼻を高くすればEラインは整いますか?
線を引いている点のひとつが動くので、計算上は関係が変わります。ただしそれは歯科の領域ではなく、扱う診療科が変わります。矯正で相談できるのは唇の位置のほうです。どちらの話をしているのかを分けておくと、相談先を選びやすくなります。
Q. 矯正で唇が下がりすぎることはありますか?
前歯を後ろへ動かせば口元は下がります。どこまで下げるかは計画で決める部分なので、事前に到達点を確認しておくところです。下げる量が大きいほど良いというものでもありません。口元だけを見て決めると、噛み合わせの側で無理が出ることがあります。
Q. 子どものうちに始めたほうがEラインには有利ですか?
成長期はあごの成長を治療の前提に組み込める時期にあたるため、大人とは選べる方法が変わります。ただしEラインという物差しで有利かどうかを判断材料にするのは勧めにくいところです。成長期の治療は、噛み合わせや機能の問題があるかどうかで判断されます。
Q. 「Eライン矯正」という治療があるのですか?
そういう名前の治療法があるわけではありません。歯を動かした結果として口元の位置が変わるので、その側面を指してそう呼ばれることがあります。実際に受けるのはワイヤーやマウスピースによる矯正治療です。名称ではなく、どこをどれだけ動かす計画なのかを見てください。
まとめ
指を当てて唇が当たったとき、その結果には自分では動かせないものが混ざっています。線を引いているのは鼻の先とあご先で、大人の矯正ではどちらもほとんど動きません。
そして今日の判定は、確定した合否でもありません。線と唇の関係は年齢とともに少しずつ変わっていくことが報告されています。
だから「Eラインに入りますか」と尋ねても、答えは曖昧になります。動かせるのは唇の位置だけなのに、鼻とあご先まで込みの結果について合否を聞いているからです。「口元はどれだけ下がる見込みですか」に置き換えれば、返ってくるのは数量になります。
あの線は、自分の顔の外側にある合格ラインではありません。自分の顔の点で引かれています。動かせるひとつのほうを見に行けば、線は測りにいくものではなく、あとから付いてくるものに変わります。