抜歯を含む計画を提示されて、そのまま持ち帰った。費用も期間も聞いたけれど、健康な歯を抜くことに納得しきれていない。抜いたあと、実際どこまで変わるのかがはっきりしないままです。
このとき手がかりになるのが、抜いてできた隙間が、そのあとどう使われるかという部分です。
隙間は前歯側からも奥歯側からも埋まっていきます。どちらにどれだけ使うかで、口元の変化は変わります。
抜いた隙間は、そのまま残らない
歯を1本抜くと、その幅ぶんの隙間ができます。矯正では、この隙間へ歯を寄せて閉じていきます。
歯は、隙間を挟んだ両側から動いてきます。 前歯側が後ろへ下がって埋める分と、奥歯側が前へ出てきて埋める分。この2つの合計で、隙間は閉じます。
口元を下げたい人にとって意味があるのは、前者だけです。奥歯が前へ出てきて埋めた分は、口元の変化には結びつきません。同じ幅の隙間でも、どちらに多く使われたかで結果が変わります。
両側から寄ってくるのは、力のかかり方によります。歯を動かすとき、その力は支えにしている側にも返ります。前歯を後ろへ引く場面では、支えになっている奥歯に前方へ動く力が加わります。奥歯が前に出るのは失敗して起きることではなく、何もしなければそうなるというだけです。この前進が計画の想定を超えたとき、矯正ではアンカーロスと呼ばれます。
奥歯が前に出るのは、この力のかかり方から来ています。抑えるなら、抑えるための手立てを計画に入れておく必要があります。
どの歯が抜歯の対象に選ばれるかは4番・5番が候補になる背景で扱っています。ここで見るのは、抜いたあとの使われ方のほうです。
配分は設計されている
隙間の使われ方は、成り行きで決まるわけではありません。治療計画の段階で、どちらにどれだけ使うかが決められています。
奥歯が前へ出るのを抑える仕組み
矯正では、動かしたくない歯が動いてしまうのを抑える働きを固定と呼びます。抜歯矯正では、奥歯が前へ出てくるのをどれだけ抑えるかがこれにあたります。
固定とは、動かないほうへ抵抗を持たせることを指します。まったく動かさないことが目的ではなく、どれだけ動くのを許すかを決めるのが固定の設計です。
抑える度合いには段階があります。奥歯の前進を隙間の4分の1以下に抑える設計を、最大固定といいます。 前歯を大きく下げたい場合に選ばれる設定です。反対に、奥歯を積極的に前へ動かして隙間を閉じる設計もあります。どちらを取るかは、必要な後退量と噛み合わせの状態で決まります。
閉じ方には進め方の違いがある
隙間の閉じ方には、いくつかの進め方があります。ワイヤーを使う方法では、まず犬歯を隙間のほうへ後退させ、そのあとで前歯4本をまとめて後ろへ動かす二段階の進め方と、犬歯と前歯をまとめて一度に下げる進め方があります。
どちらを取るかは、装置の種類や固定の組み方によって変わります。進め方の違いが配分にどう効くかは、条件によって結果が分かれる部分です。
固定が足りないと、どこに出るか
必要な場面で十分な固定がかからないと、隙間の一部が奥歯の前進に使われます。 その結果、前歯の後退量が予想より少なくなり、口元の突出や横顔の改善も小さくなることがあります。
抜いた本数は同じでも、届く場所が変わる。ここが抜歯矯正で結果の分かれるところです。
閉じているあいだ、隙間は見える
配分の話とは別に、読者が気になる部分があります。抜いてから閉じ終わるまでのあいだ、その場所には隙間が残っているということです。
抜いた直後がいちばん広く、閉じるにつれて狭くなります。奥のほうの歯を抜いた場合は口を開けなければ見えませんが、前寄りを抜いた場合は笑ったときに見えることがあります。どのくらい目立つか、どのくらいの期間そう見えるかは、抜いた位置と閉じる速さによって変わります。
見え方が気になる場合、その期間だけ目立たなくする方法が取られることもあります。どこまで対応できるかは装置によって変わるので、計画の段階で聞いておけます。
本数が決めるのは、隙間の幅まで
小臼歯を上下4本抜く計画は、抜歯矯正でよく組まれる形です。4本ぶんの幅の隙間ができ、そこへ歯を寄せて閉じていきます。
下がる量を決めるのは、隙間のうちどれだけを前歯側へ配分できたかです。同じ4本抜歯でも、最大固定で組んだ計画と、奥歯の前進を許容した計画では、前歯の位置は別の場所に落ち着きます。奥歯側へ使われた分は噛み合わせの調整には働きますが、横顔の見え方には現れません。
抜く位置が決まったあとも、そこから前歯側へ回せる量は位置によって変わります。奥寄りで抜けば、支えに回せる奥歯がそのぶん減り、前歯側へ引く歯は逆に増えます。固定源が弱くなり、動かす対象が多くなる。同じ本数でも、位置によって前歯側に回しやすい量は変わります。
抜く本数が決めているのは、隙間の幅までです。 どれだけ前歯側へ回すかは、そのあとの配分で決まります。
このことは、医院ごとに提示される計画が違ってくる理由でもあります。同じ口の中を見ても、どこまで下げる計画にするか、そのために固定をどこまで強めるかは、設計の判断が入る部分です。提示された計画に固定の手立てが含まれているかどうかで、想定している到達点も違ってきます。
固定を強める側の手立て
奥歯を前へ出さないための方法は、いくつかあります。
奥歯どうしをつないで一体として扱う、頭の外から力をかける装置を使う、あごの骨に小さなネジを埋めて動かない支えを作る。最後のものはアンカースクリューと呼ばれ、日本矯正歯科学会がガイドラインを出しています。抜歯症例で奥歯の固定を強める用途が、最も一般的とされています。
どれを使うかは、必要な固定の強さと口の中の状態によって変わります。またどの手立てが取れるかは、使う装置の種類によっても変わります。装置ごとに何が組み込めるかについてはマウスピース矯正で出っ歯を扱うときに何が組まれるかで触れました。本記事では、こうした手立てが配分を設計するために存在しているという点だけ押さえておきます。
固定を強めれば、そのぶん前歯側に回せる量は増えます。ただし強い固定には手間も負担も伴います。装置が増える、装着の協力が要る、外科的な処置が加わる。必要な後退量が小さいのに最大固定で組むのは、支払うものが釣り合いません。
どこまでの固定が要るかは、どこまで下げたいかから逆算されます。 到達点を決めてから、そこへ届かせるための固定の強さが決まります。
前歯をどこまで下げるかは、口元の見え方だけで決まるものでもありません。下げすぎれば横顔がへこんで見えることもあり、噛み合わせとの兼ね合いもあります。配分の設計は、そのバランスを取る作業でもあります。
抜いたあとに変えられる範囲は狭い
配分の設計が効いてくるのは、隙間を閉じていく工程のあいだです。閉じ終わったあとで、その隙間を使って配分をやり直すことはできません。歯は動かした先で落ち着き、そこが新しい位置になります。
途中で想定と違う動きが見えたときに手を加えることはできますが、それも隙間が残っているうちの話です。やり直しの余地は、工程が進むほど小さくなります。
だから抜歯を含む計画では、始まる前の設計が結果の大部分を決めます。抜くという処置そのものより、抜いたあとをどう配分するかの設計のほうが、口元の変化を左右します。
※本記事で触れる歯列矯正は自由診療(マウスピース型矯正装置による歯列矯正)であり、公的医療保険の対象外です。参考として当院の費用と治療期間の目安は Lite 150,000円(税込)・約2ヶ月(上下前歯12本・マウスピース各7枚以内が対象)/ Basic 330,000円(税込)・約3ヶ月(上下前歯12本が対象)/ Pro 660,000円(税込)・約6ヶ月(上下24本が対象)/ 全歯を対象とするプラン 880,000円(税込)です。全歯を対象とするプランの治療期間は、動かす範囲が広いため個々の状態により異なります。期間はいずれも歯を動かす矯正期間の目安であり、後戻りを防ぐ保定期間は含みません。通院回数は最低1回で、治療内容・個人の状態により異なります。安心保証制度とワイヤー補償が付帯するのは Basic・Pro のみです。歯の移動に伴い、歯の痛み・歯根吸収・歯ぐきの退縮・後戻りなどのリスクが生じる場合があります。歯の側面を削る処置を行った場合、削った部分は元に戻らず、一時的にしみることがあります。重度の歯周病や顎関節症などがある方は治療をお受けいただけない場合があります。なお本記事は抜歯を含む矯正一般の考え方を説明したもので、当院が提供するマウスピース型矯正装置による治療の適応範囲とは異なります。抜歯を伴う治療については、適応の可否と抜歯そのものに伴うリスクの説明を別途お受けください。
抜歯矯正に関するよくある質問
Q. 抜いた隙間が閉じきらないことはありますか?
計画上は閉じる前提で組まれますが、歯の動き方には差があるので、想定より時間がかかることはあります。閉じ方が滞る場合は、原因を確かめて手を加えます。閉じきらないまま終わるかどうかは、経過を見ながら判断される部分です。
Q. 上下で抜く本数が違うと言われました。左右対称でなくていいのですか?
上下で必要な後退量が違えば、抜く本数も変わります。上の前歯を大きく下げたい一方、下は動かす必要が小さいという状態はよくあります。左右については、片側だけずれている場合に本数が変わることもあります。なぜその組み合わせなのかは説明を受けられる部分です。
Q. 奥歯が前に出ると、噛み合わせは悪くなりませんか?
奥歯を前へ動かすこと自体は、計画に組み込まれていれば問題になりません。上下の噛み合う関係が最終的にどこで合うかまで含めて設計されるためです。前後の位置関係が動く前と同じになるとは限りませんが、噛み合わせとして成立する形に収める設計になっています。影響が出るのは、想定と違う動き方をした場合です。
Q. 隙間が閉じるまでにどのくらいかかりますか?
閉じる速さは、動かす距離と動かし方によって変わります。前歯をまとめて下げる工程は、治療のなかでも時間を使う部分です。具体的な見込みは、必要な後退量が確定してから示されます。
Q. 抜いた歯の隣に負担がかかりませんか?
隙間が閉じたあとは、隣り合っていた歯どうしが接する形になります。抜いた場所が空いたまま残るわけではないので、そこだけが支えを失った状態にはなりません。ただし歯を動かすこと自体に伴うリスクは別にあり、経過のなかで見られます。
まとめ
抜歯矯正で口元がどこまで変わるかは、抜いてできた隙間を前歯側と奥歯側にどう配分したかで決まります。
奥歯が前へ出るのを抑える働きを固定と呼び、抑える度合いには段階があります。奥歯の前進を隙間の4分の1以下に抑える設計が最大固定で、前歯を大きく下げたい場合に選ばれます。固定が足りなければ、隙間の一部は奥歯の前進に使われます。
固定を強める手立ては、この配分を守るために用意されています。どこまで強めるかは、どこまで下げたいかから逆算される部分です。
抜歯の効果は、抜いた時点では確定していません。隙間をどちらへ使うかが、そのあとを決めています。